MONDO GROSSOと過ごした青春と、神保町ジャニス
こんにちは、デニムスーツinBlue代表の松岡浩文です。しばらくブログの更新を怠ってしまいましたが、また少しずつ書いていこうと思います。
本日から、MONDO GROSSOの大沢伸一氏が倉敷に来た(?)という、にわかには信じ難い話を2話に渡ってお届けします。
MONDO GROSSOとの出会い
私は1982年生まれの今年43歳です(2026年5月時点)。MONDO GROSSOといえば、学生時代には「少し背伸びした音楽」の象徴のようなアーティストでした。慶應の音楽サークルに入った友人が三田祭で「なんだか、すごくアーバンな音楽」を演奏しているのを聞いたのがきっかけでした。
ついこの前まで千葉周辺(高校は千葉市でした)で過ごしていた友人が、港区の空気を纏い、一気に私の何歩も先を歩いているような気になったことを鮮明に記憶しています。
‘SOUFFLES H’と、あの頃の空気
その時、友人のバンドが三田祭で演奏していた音源がこちら。MONDO GROSSOといえば、’SOUFFLES H’ 。僕ら世代はやっぱりこれなのかもしれません。(それ以降、僕はアシッドジャズというジャンルにズブズブとハマっていくことになります。。)
音楽は“探しに行くもの”だった時代
当時は今みたいに、AIで検索すればいろんなことが溢れるように出てくる便利な時代でもありませんでした。とにかく、かっこいい音楽を見つけたいならライブハウスやクラブに行く、雑誌やラジオで探す、ディープな友人に聞くなどして足で稼ぐことが主流だったと思います。また、Spotifyみたいなサブスクなんて概念もない頃でしたから、とにかく手っ取り早く音源を探すにはレンタルCD屋に行って掘りまくるのが一番でした。
ということで、衝撃を受けた三田祭からの帰り道、僕の足は迷わずお茶の水/神保町の「ジャニス2」に向かっていました。

神保町「ジャニス」という聖地
ここで、「ジャニス」の名前が出てきましたが、「まじか、懐かしすぎる!」と思ったそこのあなた。多分、友達になれる気がします笑。ジャニスはとてつもない吸引力を持ったレンタルCD屋でとにかく、本当の音楽マニアたちが足繁く通う魔窟のような空間でした。

とにかく、なんでもある、本当に。クラシック、ロック、ポップス、メタル、レゲエ、ヒップホップ、アシッドジャズ、ジャズ、フュージョン、ファンクなどなど。まぁよくこんなにマニアックな音源を集めたもんだなぁと感心するほど。
J -POPの新譜(モーニング娘。など)が入ると一応そのCDは棚に並ぶのですが、コアな音楽ファンが多すぎて「スペースが限られているんだから、モー娘。なぞは、置くな。」と逆リクエストが入る始末。

また、店内には全CDを無料で永遠に視聴できるカウンターがあり、確か3〜4台くらいのCDデッキがあって、みんなテクニカやソニーのマイヘッドフォンを持参して永遠に聞いていたっけ。
当時、駿台(お茶の水)で浪人生をしていたのですが、毎日ずーっと張り付いて音楽ばかり聴いていたら「毎日きてくれるのは嬉しいよ。だけど、そろそろ予備校行ったほうがいい。俺たちは来年も再来年も、ここにいるからさ。」と店員さんが優しく諭してくれたことも。(結局、予備校の授業や自習室よりもジャニスに通ってしまい、再受験することになりました笑)
それくらい、僕にとってはカルチャー含めて学校みたいなところだったと思います。
さて、少し前置きが長くなってしまったので本日はこの辺で。
次回は、いよいよ本題の大沢伸一氏のライブリポートをお送りします。